La sabbia d'argento ~銀の砂~

我が道を行くレイチェルのスピリチュアルな日々



現在、2017年10月までのセッションご予約受付中です。




☆       ☆       ☆


旅人が宿で疲れた体を休めてから、

また旅に出るように。


私たちにも、

ほっと一息ついて、

考える時間が必要な時があります。



La sabbia d'argentoでは、

そんな想いのもと

「あなたがあなたらしく生きる」ための

スピリチュアルセッションを提供しています。


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★龍の宴

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精霊との出逢い

子供の頃、公園へ行くと……その公園の主のような木の精と
その他の精霊がいて、よく遊んでいました。
もっとも子供の時の私には、それは子どもの姿で見えていたので、
精霊だとか人間でないという区別はついておりませんでした。
隠れんぼをしても鬼ごっこをしても、ちょっと人数が多いワケです。
でも、なぜかいつもその子たちはみんなに見つからずにいて不思議でした。

それがある日を境に姿を隠されて、表に出てこなくなりました。
理由を聞いたら、私のためとのこと。
それじゃ分からんと突き詰めると、こう言われました。

「今はまだ、子どもで私たちの姿が視えているかもしれないが
大人になると視えなくなるかもしれない。今から慣れておく方がいい。
それに自然に親しむのも大切だが、人とのかかわりの中で学ぶことも大きい。
私たちと親しくすればするほど、お前は人から離れてしまう。
口に出さなくても伝わることを当たり前に思ってはいけない。
人の中でよく学べ。もしまた縁があったら再びまみえよう。今日で最後だ」


正直、何のこっちゃと思いました。
彼らは、それから姿を現すことはなく、呼びかけても出てこずにダンマリ。
遊ぶ友達がいなくなってしまったことが悲しくて、
しかも意味不明な理由で遠ざけられたことガ納得できなくて
すごく悲しかったです。

まぁ、確かにそのまま育っていたら、
さらに輪をかけて不思議ちゃんになっていたかもしれませんけど。

人の世で揉まれ、大人になっても力が消えることなく過ごしてきたある日。
産土神社の大天狗が、彼らが私に逢いたがっていたよと伝言を残していきました。
何を今さら……とも思いました(笑)が、懐かしさもあり公園を訪れてみると、
昔のままの姿で彼らが居ました。

どんなアンチエイジングやねんっ!とツッコミを入れると
「ならばそれ相応の姿で」と似たような年に姿を変容させました。
「久しぶりだな」と悪びれもせず言うのです。
向こうにしてみれば、20年なんてビビたるもんでしょう。
人生100年の人間にしては、1/5ですよ。結構な年月です。
ということで、ちょっとふてくされ気味な私。

だけど、再会できたことは嬉しいので、
「子どものようにピュアな心で大人になったぞ。イェーイ」とアピール。
しばしの沈黙の後、「また逢えて嬉しいよ。お前は変わらないね」と言われました。
いや、全然成長したでしょう。いろいろあったんだよ。(心の叫び)
そんなこんなで、再会し自然と生きる彼らの姿を目にし、
命の尊さを考えたのでした。

彼らはあそこで、ずっと人の移り変わりを見てるんですよね。
歴史が長くなればなるほど、出逢った人の数も多いだろうし、
ということは、必然的に別れることになった数も同数以上いるわけです。
もっとも人間のような感情はないかもしれないけれど、
その悠久の時の流れは、どうなのだろうかと。
良いとも悪いとも思えなくて……。

結局、離れたことがどう影響したのかは分からないけれど、
たまに、木に話しかけられたり、精霊がいる木と出逢うのは、
ここが原点のような気がします。


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